昭和41年11月4日 夜の教話      (末永信太郎)



 2~3年前の事だったでしょうか。久留米のたしか三橋先生所の霊祭の時であった。たしか、あの、御霊様にお茶のお供えをしたいと言うので、私と繁雄さんと、二人であの、(なりえい?)デパートの前の、あの、山村さん。その、お茶屋さんがあるんです、山村さん。山村さんというお茶屋がある。そこへお茶を買いに行った事があるんですけれども。そん時、まあ、繁雄さんと話した事でした。それは、ここのお茶屋は、もう私と縁が出けたようなもんばいと言うてから、まあ、買い行ったことがございました。何年前だったか、それが、(しょう?ちょう?)実現したという感じ。そこのお茶屋のご主人夫婦、まあ、二人が参って見えられました。今までは、あの、息子に嫁がいなかったから、二人、こう揃うて出て来るちゅうような事は出けませんでしたけれども。まあ、とにかくあの、ここのごひれいの事はいつも聞いておりますから、いつでん、お参りしたい、お参りしたいと思うておりましたけれども、今日はお参りが出けてと、こう言われるんですね。その、縁が出けるといったような事も、まあ、不思議な事でございますけれども。今日、お参りして見えて、ここでお届けをされます時に、私が頂きます事が、中ですね。中心の中。それを、叢書に崩した。こう、まあ、崩せるだけ崩した中を頂く。という字を。そして、その事の御理解を頂きましたら、次にそれを、中という字を、行書で書く、楷書で書く。するとこを頂くんです。ああ、これは、今ね、貴方がたがお参りになって、ここになりました時に、私が頂いたのが、こんな事を頂いたんですよと、書いてみたんです。ね。そして、御理解を頂かれた後にです、三橋先生、あなたが今御理解頂いた通りにです。ね。実はその、中の事で参りましたと、こう言うのです。というのは、私どもがあそこへ、今ではあそこは、もう久留米市の一番一統地になっております。まりえの前でございます。まん前ですから。ほれで、ところがその、やはりそれが、そこんところの土地の支払いが、まあ、年々支払われるようにか何かになっとったんでしょう。それが、その、その地主さんとの間がです、その仲が、その崩れてしまいました。実は大変困った難儀な問題が出来上がっておるという訳なんです。だから、仲が崩れとる。もう崩し、ね、これじゃやっぱ崩れるんです。だから、信心の方をですね、本当な事は、あの、あちらの(いちじょう)という小さい町が、八女郡の方に、あっちございますが。そこの教会の何か総代か何かをしておられるらしいんですね。そんで、まあ、熱心にあちらに参られるらしいんですけれども。その、結局、その崩しに崩した、その中から、やはり行書的に、または楷書的にキチッとその信心が出けるようになりますと、仲もキチッとした良い仲が生まれる。そこから、おかげが受けられる。ね、と言うてその、まあ、申しまして、その、まあ、恐れ入っておられましたですけれども。どうすれば、その仲が出けるか。どうすれば、いわばキチッとした信心が出けるかと。大抵、やはりキチッとした信心は、まあ、させて頂いておるつもり。バスで参りましても、やっぱり30分かかる。ほれで、お参りして帰って来よると、やっぱ3時間の時間を毎日費やさなきゃならん、いちじょうまで。御本部にも、いつもお参りさせて頂いて。あちらの修徳殿には、二階も講習に、受けに、まあ行ったというぐらいですから、やっぱ熱心であるという事がわかります。ですから、もうこれ以上、どこをどういう風にキチッとした信心をして行ったら良いかという訳なんですけれども。やはり、神様の目からご覧になれば、そこなんです。そこに、まあ、色々ヒントを頂いて、なるほど、これではまだ足りなかった。ここはいけなかったと。ここを改め、まあ、すれば、またそこんところを、まあ頂いて行かなければならんのですけれどもね。ね。私どもも、やはりそうです。ね。いわゆる、もうおかげの方が崩れて行く。やはりそれは、信心をやはり中心の中の字ではありましても、崩してある。または、やや崩してある。ね。ですから、おかげもそういう事になって行くのであって。そこにキチッとした信心が出ければ、きちっとしたおかげが頂けないはずがない。ね。きちっとした信心とは、というところに、その目指しを置かなければならんという事です。今日、熊本の富永さんから電話がかかってきた。お母さんが、もう、やはりもう、重態と言われて、もうだいぶんおかげを頂いておられるのですけれども。付き添いさんが、二人かかっておられる。(   )さんも、まあ、一生懸命おすがりをなさる、一生懸命お願いをなさる。自宅から病院に毎日毎日通うては、そのかいほうなり、また、色々と打ち込んで、信心の(   )を頂いてから、まあ、おすがりをなさっておられる。ところが、今日、電話がかかって参りましてから。その、付き添いさんが一人違う所に帰られる事になった。そん時に、その(  )さんが感じられた事ですね。はあ、もう本当に、まあ、お母さんいつまで生きられるか分からんのだけれども。もう、本当に親、その嫁と呼ばれ、姑と呼ばせて頂いてから、もう何時お別れになるじゃ分からんから。ほれは今までのような事じゃいかん。一つ、本気で打ち込んで、私がおばあちゃんの側で泊まり込んでから、今日から御用させて頂く病院に入り込ませて頂こうと思いますから、どうぞお取次ぎをお願いしますという事であった。今まで、これでついっぱい。もう、くたくたになるほど、ついっぱいと思うておっただけれどもです。色々考えさせて頂いたら、もう、ついっぱいというものは、まだまだ余裕があったということ。ここに気付かせて頂いた。そしたら、もうとにかく、今まで、その涙声でそれを言うておられます。もう本当に、そこんところに気付かせて頂いて良うございました。例えば、亡くなられた後にでも気付いたんじゃ遅かった。けれども、おかげを頂いて、私が本当に泊まり込んで。本気でお母さんのお世話をさせて頂こうという事を、主人に、先生に申されましたところが、もう先生も大変に喜ばれましたね。ああ、そうしてくれという訳で、まあ、腹を決めさせて頂いたらから、どうぞよろしくという、そのお届けがございましたが。ね。私どもが、もうついっぱい。いわゆる毎日のお参りもしておる。御本部にお参りをしておる。いや、誰でも行かん、いわがその修徳殿にまで入って修行させて頂いておるというともです、神様の目からご覧になれば、いわば、この中という字を叢書で崩したようなもんである。叢書に書いたようなもんである。それが、行書になり、ね、それが楷書になるというようにです。信心が、なら、それこそ四角四面とでも言うか。きちっとした信心が出けるようにならせて頂いて、初めてきちっとしたおかげという事にも、いわばなる訳です。私はこの祈りとか、お取次ぎを頂くとかというような事の、まあ、本当にそれは皆さんが体験される事でございましょうけれども。この、御造営に当たっても、やっぱそうです。ね。皆さんが、いやあ、もう本当に、これだけの事もさせて頂きよる。こうもさせてもらいよる。御造営の為のこんな修行もさせてもらいよると言うけれどもです。まだまだ、やはり、私が今日の、その山村さんと言い、富永さんと言い、その事を思わせて頂きますと、やはり、これでは足らんなあ。いわゆる、打ち込み方が足りんなあ。いや、本当の楷書で書いてるんじゃないなと。きちっとした信心が出けておるのじゃないなというような事を、まあ、感じます。昨日は、御造営の現場には、3人か4人かおかげ頂いておりましたら、日にちを間違ったんでしょう、今日は誰も来てなかった。ところが夕方、(   )行かれたところが、今日は大工が家の屋根から落ちてから怪我してから、病院に入院しとるち、こう言う。まあ、フッとするんですね。あれは、もう一年も前だったでしょうか。あの、まだ下の土木をしておる時でしたが、まさきさん所の、久富建設です。久富建設ところの、あの、日おとりの方が、あの、こう、土地を固めるあの棒が倒れてですね。あれで、怪我をされてから、一週間ぐらい入院されたような事がございました。ね。そん時にも、とにかく、いわゆる私が御造営現場に行く方達は、まあ、言うならば御祈念係ばいて私が言うておるようにです。その、御祈念係りが、そん時には、やはり、誰も来てなかった。今日もやはりそうであった。という事は、私は思う時にですね、あの、よう神様がきちっとした信心には、きちっとしたおかげを下さるんだけど、少し崩れると、もうおかげの方が崩れてくるといったような事をです、(      )訳にゃまいりません。もちろん、今日の、まあ、怪我も大した事ない。まあ、明日にでも、明後日にでも帰れるという程度の事らしいんですけれどもです。今度は、あの、(    )がまた出来よりましょう。ですから、低い所からでありますけれども、やっぱりその、落ちてから、その病院に行かなければならんといったような事がです、ね、起こっております。ね。本当に、そこにきちっとした信心というものが、あの、もちろん、そういうような事を通してから、椛目全体の者が色々分からせて頂く事でございますけれども。そういうような中からです、私どもが本当に、もうついっぱいと、こう思うておるその信心を、もういっちょ見当してみてです。まだまだ、ここも足りなかった、ここも揺るんでおったといったような所があるだろう。ね。なるほど、これではおかげが叢書的なおかげになり、行書的なおかげにしか頂けていないのだ。きちっとした楷書的なおかげを頂く為には、やはり楷書的なきちっとした信心が望ましいんだといったような事を分からせて頂きました。どうぞ。